Friday, 8 April 2016

Cain n Abel, Noel n Liam, Bro n Me


おっす、オラ悟空。また久しぶりの投稿だ。新年度が始まってしまって、なんやら色々忙しくなってきた。本当は、Paul Pierceやら、パナマ文書やら、山尾議員やらギリシア哲学やら書きたいことはたくさんあるんだけど、今回は兄弟の話。 たまたま旧約聖書のカインとアベルの箇所について考える機会があった。内容は教養のある人ならだいたい知っていると思うんだけど、一応概要だけ書いとく。アダムとイブの間に生まれた兄カインと弟アベルが、神様に捧げものをする。カインは農業者だから農作物を捧げ、アベルは羊飼いだから肥えた羊の初子を捧げる。だがしかしButTetapi神様はカインの捧げものはシカトし、アベルの捧げものしか受け取らない。これに嫉妬した兄カインは、アベルを連れ出しぶっ殺す。ぶち転がして土に埋めてしまう。

ってストーリーで、これは人類初の殺人と言われているんだ。この話は今俺が今勉強している色んなジャンルの話につなげて考えることができるんだな。神学上のスタンダードな考え方など知らぬ(そもそも神学といってもキリスト教神学やら歴史神学やら組織神学やら色々あるから、「神学上のスタンダード」なんてあんのか疑問だわ)。俺は俺論を展開する。

まずこの「嫉妬」という問題。人類初の殺人の原因が嫉妬であるということは、人間の罪や人間の意識の根源にはこの「嫉妬」ないし「承認」というものが大きく横たわっている気がする。そしてこれが現在まで人間が大きく振り回される他者からの評価ってやつなんだと思う。ほら、他人の目みんな気にするでしょ。

次にこの後の歴史展開を考えよう。ユダヤ人の選民思想は有名だけど、この選民思想とか遊牧民族至上主義的な考えはこのときにできたんじゃないのかなと思う。「神様に選ばれた俺ハンパナイスONE!!」的なね。ちなみに芸大の人と慶應の人の選民思想はほとんどの場合根拠に欠けるもので、その大学にいるだけでそう思ってるやつは大抵無能なバカ。

ちょっと話が変わるんだけど、この他者に嫉妬を覚えるという行為は、自己がいて他者がいてという自意識がないとできないんだよね?この自意識は旧約聖書ではアダムとイブが、自分達が裸であることに気付いたときに生まれたものだと俺は思っている。そしてこの自意識こそが人間の原罪だと思っているわけ。確かロシア正教ではそうなってるはず。まあそれは置いといて、この自己と他者という自意識が生まれたからこそデカルトとかの近代哲学の偉人と出会うことができたのかと思うと、案外悪いことばっかでもないなと思っちゃうんだよね。ちなみにデカルトに関しては俺はめっちゃにわか。 

そろそろ次のトピックに行かないと俺がオタクだと思われそうだ。Oasisを覚えているだろうか?1990年代を中心に活躍したイギリスの最強ロックバンドだ。この中心人物であるNoel Gallagher (以下、ノエル)Liam Gallagher (以下、リアム)は、現代版カインとアベルなんて言われたことが一時期あった。現代では、カインとアベルは単に仲の悪い兄弟の象徴みたいな感じになってるんだ。まあ知ってるよな、この二人の犬猿の仲っぷりは。。。普通に考えれば、カインがノエルでアベルがリアムなわけだけど、果たしてそうか??確かにリアムのフロントマンとしての魅力はハンパナイスONEだし、声が良いってだけで大成した(リアムはマジで一度も歌が上手かったことはない)って点では恵まれてんなあと思う。本人も自分のことTHE CHOSEN ONEとか思ってそう笑 でも、ノエルはそれに嫉妬してんのか?むしろノエルの音楽センス(作曲とか味のあるギターソロとか)に嫉妬してんのはリアムじゃね?って思うんだよね。しかもリアムは突然ネジ外してノエルのことぶち転がしそう。

ところで、リアムがノエルのために作ったと言われている曲があるから聴いてくれ。なんとタイトルは’’Guess God Thinks I’m Abel’’
https://youtu.be/3fRWTnTej88てことで、Gallagher兄弟に関してはカインとアベルの事例は50:50くらいで当てはまるなあって感じだ。 

どうせだからもう一つの兄弟を比べてみよう。俺の兄と俺。うーん、顔以外は全て俺の方が上だな。しかも兄は俺に嫉妬してそう。てことで100%適用され得るな。 YEAH!!!!!!!!!

1 comment:

  1. ちなみに僕デカルトに関してはめっちゃアンチです笑
    基本はカント最強説を信じていますし、ハイデガーのデカルト論破のとこめっちゃ好きです。

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